小説「かたちだけの愛」

作者の平野啓一郎は京大在学中に書いた作品が芥川賞を受賞し、
若くして文壇デビューを果たした作家。
以前、テレビで対談を見て気になってはいたけど、
小説のなかで難しい言葉をいっぱい使っている、ということだったので
なんとなく敬遠していました。

が、今回、「かたちだけの愛」を読んでみると、特に難しい言葉遣いはありません。
文章は緻密で繊細。感情をおさえたクールな描写が私好みです。
特に、工業デザイナーである主人公の仕事に関する場面は、
簡潔だけれどもていねいに説明されていて、
作家が取材と調査にかけた時間が感じられました。

物語は、並外れた美貌と美脚で有名な女優、久美が自動車事故にあう場面から始まります。
主人公、相良郁哉は、偶然その現場に居合わせて彼女を助けたことから
事故で片足を失った久美のために義足をデザインすることになります。

郁哉は、片足を大腿部から失い、絶望の淵にある久美を再起させるため、
新しくデザインする義足を本物の足そっくりにはしない選択をします。

「かたちだけ似せた義足」ではどうしてもその足を隠すようになってしまう、
「本物の足」にはない機能性と付加価値をもった足、
それをつける人が誇りをもって人にみせられるような義足を作ろうとするのです。

丹念に、何度も試作を繰り返しながら義足をデザインしていく過程のなかで、
郁哉は、離婚した過去、親との関係を見つめ直し、久美との関係を築いていきます。

郁哉がデザインした義足は、
久美がそれをつけて生き生きと歩きだした瞬間、
彼女の体の一部として命を宿しました。

そして、物語の最後、
ステージへと歩いていく久美が郁哉を振り返って言った言葉で、
「かたちだけの愛」にも命がふきこまれたことがわかります。

読後に心地よい満足感の残る作品です。
瀬戸内寂静さんが、相好を崩してこの作家を絶賛していた理由がよくわかりました。

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