運転歴1年
車を購入してから1年が経った。これまでの走行距離は1万キロ近い。自分でも信じられない数字だ。
車を買うまでには相当悩んだ。
もともと「車の運転なんか、あぶない」と言われていた。「車を運転するタイプじゃない」とか、「トロイんだからやめろ」と言われ、免許をとらなかった。車に乗らなくても不自由はないし、もう一生、自分で車を運転することはない、と思っていた。というより、むしろ、私のようなトロい人間は運転してはいけない、とも思っていたのだ。
そんな私が免許をとろうと思ったキッカケは、失業したこと。今まで何度も転職を繰り返しているので、失業すること自体はどうということはない。が、今回はこれまでとは状況が違った。いつもは求職活動1か月後には再就職できていたのが3か月やってもまったく成果がでない。年齢的な限界を感じた。
そこで、求職活動は一旦休止し、頭を切り替えることにした。自由な時間はたっぷりある。「せっかくだから、これまでやりたくてもできなかったこと、今しかできないことをやってみよう」と考えた。もう今までと同じことを同じ場所でやっていてもダメだ、なにか違うことをしなければ…。
こうして、49歳にして教習所へ通うことになった。実習1時間目から補習がついた。こわくて前が見られないのだ。運転するのが怖いというより、「私が運転している」という事実におびえた。周回コースのカーブに近づくと、ただ力まかせにハンドルを回した。隣に座った先生が足をつっぱるのがわかった。やっぱり私には車の運転なんて無理じゃないかと落ち込んだ。ある日、若い先生が私の運転をみて言った。
「あなたは自分を信じていない」
ドキッとした。彼はさらに続けた。
「それに、失敗したくないと思っていますね」
意外だけど、とても的確な指摘だった。問題は私がトロいことではなく、「運転なんて私にできるはずがない」という思い込みだった。この先生の熱心な指導に助けられた。冷静でいて情熱的な先生だった。
念願の免許証を手にしたのは、教習所に通いはじめてから約1か月後。
が、だからといって、車を運転できるようになったわけではない。免許をとって初めて「本当に車に乗れるようにするためには自分の車を買って練習しなければならないのだ」ということに気付いた。
とはいえ、車なんてそう簡単に買えるものではない。
免許をとったばかりで事故を起こすかもしれないし、せっかく買っても運転するのが怖くて結局乗らなくなってしまうかもしれない。それに、車を買うと購入費だけじゃなくて、維持費も相当かかる。車がなくてもまったく不自由なく生活できるのに、失業中の身でそんなことしてていいのか…でも、今乗らなければ、結局、一生乗れないままで終わってしまうかもしれない…。悶々とする日々が続いた。
やっぱり運転してみたい。ようやく決心したのは、免許取得から5か月後。
中古車店に行って、「一番安い車、ください」と言った。車をぶつける自信はあったので、練習用の車でよかった。「これが一番安いです」と見せられたのは、本体価格18,000円の赤いファミリア。私は赤いものはあまり身に着けない。真っ赤な車に乗るなんてとんでもない、と思っていたのに、なぜかその車は一目見て気に入った。
車を買ってしまった後も、まだ乗れるようになるかどうか、半信半疑だった。乗って1回目に事故るかもしれない。事故らなくても、怖い目にあえば、二度と乗れなくなるだろう。そうなったら、維持費がかからないうちにすぐに処分しよう。そう思っていた。
卒業して5か月も経つと、すっかり運転できなくなっていた。しかたなく、もう一度教習所でペーパードライバー教習を受け、毎日少しずつ練習した。自分の車庫に入れられるようにするだけで、初日に3時間練習した。立体駐車場なので、タイヤをきっちり溝にいれなければならない。向かいに停まっているBMWに当たらないか、ヒヤヒヤした。まわりで見てた人達が見かねてサポートしてくれた。2,3日は公道にでるのが怖くて、広い駐車場でただなんとなくグルグル行ったり来たりしていた。
練習は毎日続けた。1日でも運転しないと、もう次の日は乗れなくなってるかもしれない…。そう思うと、一日も休めなかった。練習するために家を出るまでには、いつも時間がかかった。一旦玄関まで行って靴をはいても、「何かあったらどうしよう」と考えると不安になってきて、部屋に引き返すこともあった。
車に乗り込んだら、「今日もよろしくね」とハンドルをなでた。深呼吸をしてエンジンをかける。一旦車で外にでてしまうと、不思議にもう不安は感じなかった。そして、無事帰ってくるとうれしくなり、「明日はどこへ行こう」と考えるのだ。
こうして毎日少しずつ走行距離をのばし、道を覚え、1か月半後には高速道路に乗るための教習を受けた。
車に乗れるようになって、私の行動範囲は一気に広がった。今ではスポーツクラブも車ででかける。ホームセンターで買い物をしたり、郊外のアウトレットに行ってみることもある。出不精な私が伊豆、南房総、栃木、茨城まで、高速にのって出かけるようになった。1年前には想像もできなかったことだ。
今でも運転が上手になったとはいえない。それでも一生ムリだと思っていたことができるようになった。車に乗るたびに、満足感が心にじんわりとひろがる。
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